量子力学の様々な構成方法 第4部 第4章 §4.4.6 ★★★ 同じ ρ^β は、基準では熱場二重状態の一部分、経路積分では周期 βℏ の虚時間の経路の和、位相空間では Gauss 型の Wigner 関数、第二量子化では占有数の分布、代数では KMS 条件を満たす状態として書くことができる。有限次元では KMS 条件と Gibbs 状態は同値である
この章の結果が同値性の地図(第1部第1章)のどの橋に乗るかを図 4.4.3 にまとめ、それぞれを式で並べる。

図 4.4.3 熱平衡状態 ρ^β から出る橋。矢印の上の言葉が、その橋で使う道具。
基準 ↔ 密度行列:熱場二重状態とモジュラー・ハミルトニアン
第4.4.1節で、熱平衡は熱浴まで含めた全体の純粋状態の一部分として現れた。熱浴の代わりに A の複製 R を補助の系に取ると、第4部第2章の熱場二重状態 ∣TFDβ⟩=∑ne−βEn/2Z−1/2∣n⟩∣n⟩R は TrR∣TFDβ⟩⟨TFDβ∣=ρ^β を満たす浄化である。基準の言葉では、熱平衡は「補助の系とこの形でもつれた純粋状態の片側」で、その Schmidt 係数の2乗が Boltzmann の重みになる。逆向きには、どんな正定値の ρ^ もモジュラー・ハミルトニアン K^=−lnρ^ の「逆温度1の熱平衡」なので、熱平衡の形そのものは密度行列の側では特別な制限でない。特別なのは、K^ が系の物理的なハミルトニアン H^ の定数倍(に定数を足したもの)になっていることである。
密度行列 ↔ 経路積分:周期 βℏ の虚時間
第4.4.4節の (4.4.18) は、この橋の位置表示の形である。経路積分の側では、伝播関数を作用の位相の和で書き、時間を t=−iτ と回すと
⟨x∣e−βH^∣x′⟩=∫x(0)=x′x(βℏ)=xDxe−SE[x]/ℏ,SE[x]=∫0βℏ[2m(dτdx)2+V(x)]dτ
となり、トレースを取ると端が一致する経路、つまり周期 βℏ の閉じた経路の和 Z=∮Dxe−SE[x]/ℏ になる。密度行列の構成では熱平衡は「演算子の指数関数のトレース」、経路積分の構成では「周期的な虚時間の経路の和」で、どちらからも同じ Z が得られる。この橋の一般の証明(時間分割と Wick 回転)は第3部第6章(第3部第6章)に置き、調和振動子で両者が一致することはこの章の Z の計算で確かめた。
密度行列 ↔ 位相空間:熱平衡の Wigner 関数
正答表の Wigner 関数 W(x,p)=(πℏ)−1∫⟨x+y∣ρ^∣x−y⟩e−2ipy/ℏdy を (4.4.21) に当てる。X=x、ξ=2y なので、tanh を tβ=tanh(βℏω/2) と書くと被積分関数は exp(−(mω/ℏ)tβx2−(mω/ℏ)tβ−1y2−2ipy/ℏ) に規格化の定数 mωtβ/(πℏ) を掛けたものである(1/Z と (4.4.19) の前の係数の積が、Z の計算と同じ変形でこの定数になる)。y の Gauss 積分は πℏtβ/(mω)exp(−tβp2/(mωℏ)) なので
Wβ(x,p)=πℏtβexp[−tβ(ℏmωx2+mωℏp2)]=πℏtanh(βℏω/2)exp(−ℏω2tanh(βℏω/2)H(x,p))(4.4.26)
で、正答表の熱平衡の W の形である。どの温度でも正で、Gauss 型である。βℏω→0 では tanh(βℏω/2)≈βℏω/2 で、Wβ→e−βH/(2πℏZcl)、Zcl=1/(βℏω) と古典の Boltzmann 分布に一致する。低温の側では Wβ(0,0)=tβ/(πℏ) が純粋度 tanh(βℏω/2) の 1/(πℏ) 倍で、基底状態で上限 1/(πℏ) に達する。エネルギー固有状態の Wn(Laguerre 多項式)の重み pn の和が (4.4.26) になることは第5部第5章(第5部第5章)で扱う。
密度行列 ↔ 第二量子化:占有数
第4.4.3節の Bose・Fermi 分布は、第二量子化の側では「モードごとの熱平衡の積状態」として現れる。調和振動子の量子数 n はフォノン・フォトンの数で、nˉ=1/(eβℏω−1) は1モードの Planck 分布である。第6部第5章(第6部第5章)で、多粒子の Fock 空間の上の大正準の状態から同じ分布を出す。
密度行列 ↔ 代数:KMS 条件
Heisenberg 描像の時間発展を αt(A^)=eiH^t/ℏA^e−iH^t/ℏ と書くと、虚時間 t=iβℏ では αiβℏ(B^)=e−βH^B^eβH^ である。物理量の積の期待値に、虚時間の時間発展で順序の入れ替えを表す関係が成り立つことは Kubo(1957)、J. Phys. Soc. Jpn. 12、570 とMartin, Schwinger(1959)、Phys. Rev. 115、1342 が熱平衡の Green 関数の性質として使い、Haag, Hugenholtz, Winnink(1967)、Commun. Math. Phys. 5、215 がこれを熱平衡の定義に採った。この関係を KMS 条件と呼ぶ。
命題 4.4.6(有限次元の KMS 条件)
有限次元で、状態を ω(A^)=Tr(σ^A^) とする。次の2つは同値である。
- (i) すべての A^、B^ について ω(A^αiβℏ(B^))=ω(A^e−βH^B^eβH^)=ω(B^A^)(KMS 条件)。
- (ii) σ^=ρ^β。
証明
(ii)⇒(i):トレースの巡回性から Tr(e−βH^A^e−βH^B^eβH^)/Z=Tr(A^e−βH^B^)/Z=Tr(e−βH^B^A^)/Z。(i)⇒(ii):(i) の左辺を巡回させると Tr(A^e−βH^B^eβH^σ^)、右辺は Tr(A^σ^B^) である。これがすべての A^ について成り立つのでe−βH^B^eβH^σ^=σ^B^、左から eβH^ を掛けて B^(eβH^σ^)=(eβH^σ^)B^ がすべての B^ について成り立つ。すべての行列と可換な行列は単位行列の定数倍なので eβH^σ^=c1、σ^=ce−βH^。トレース1から c=1/Z。
KMS 条件はトレースも e−βH^ の規格化も使わずに、期待値の間の関係だけで熱平衡を言い表す。無限に大きい系では Tre−βH^ が意味を持たず定義 4.4.1 が使えないが、KMS 条件は意味を持ち続け、それを満たす状態が複数あることが相転移(複数の熱平衡相の共存)として現れる。その扱いは第8部第4章(第8部第4章)に送る。KMS 条件から詳細つり合いと揺動散逸定理が出ることは解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第5部第1章にある。
学部の統計力学での書き方
学部の統計力学では、カノニカル分布を「系がエネルギー En の状態にある確率 e−βEn/Z」として導入し、平均を ∑npnAnn と書くことが多い。この書き方は ρ^β をエネルギー固有アンサンブルで読んだもので、A^ が H^ と可換でない物理量でも、ρ^β が対角なので Tr(ρ^βA^)=∑npnAnn は正しい。一方、第4部第3章で見たとおり同じ ρ^β はコヒーレント状態の混合とも書けるので、「系は本当はどれかのエネルギー固有状態にある」という読み方は、密度行列の構成の中では予言に現れない付け足しである。
| 学部の統計力学 | この章(密度行列の構成) |
| Z=∑ne−βEn | Z=Tre−βH^(基底によらない) |
| S熱=−kB∑npnlnpn | S熱=kBS(ρ^β)、アンサンブルの H(p) の最小値 |
| 等重率の原理から部分系へ | 部分トレース (4.4.3)・正準典型性 |
| F 最小・S 最大の原理 | F[ρ^]−F=kBTD(ρ^∥ρ^β) |
例題 4.4.6 量子ビットの KMS 条件と詳細つり合い ★★
オリジナル量子ビット H^=2ℏω0σz、σ±=(σx±iσy)/2(σ+∣g⟩=∣e⟩)とする。
- (1) e−βH^σ−eβH^ を σ− で表せ。
- (2) KMS 条件で A^=σ+、B^=σ− と選び、Pe/Pg=e−βℏω0 を導け。βℏω0=ln3 の数値で確かめよ。
解答
(1) σ− は ∣e⟩ を ∣g⟩ に移す。e−βH^∣g⟩=eβℏω0/2∣g⟩、⟨e∣eβH^=eβℏω0/2⟨e∣ なのでe−βH^σ−eβH^=e−βH^∣g⟩⟨e∣eβH^=eβℏω0σ−。
(2) KMS 条件の左辺は eβℏω0ω(σ+σ−)=eβℏω0Pe(σ+σ−=∣e⟩⟨e∣)、右辺は ω(σ−σ+)=Pg(σ−σ+=∣g⟩⟨g∣)。よって Pe/Pg=e−βℏω0。βℏω0=ln3 なら Pe=41、Pg=43 で 3Pe=Pg が成り立つ(例題 4.4.2 と同じ状態)。σ− は光子を出して下がる過程、σ+ は光子を吸って上がる過程の演算子なので、この式は「下がる流れ Pe×(放出の率)と上がる流れ Pg×(吸収の率)が釣り合う」詳細つり合いの条件を、率を使わずに期待値だけで書いたものである。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com