量子力学の様々な構成方法 第7部 第4章 §7.4.6 ★★★ Bohm の力学と、流体・基準・位相空間・確率過程の4つをつなぎ、同値な部分と追加の構造を切り分ける
流体の Euler 描像と Lagrange 描像
第7部第1章の流体は、各点の場 ρ ( r , t ) \rho(\bm{r},t) ρ ( r , t ) 、v ( r , t ) \bm{v}(\bm{r},t) v ( r , t ) で書いた Euler 描像 だった。Bohm の軌道は、同じ流体を流れに乗った点の道筋 X ( t ; x 0 ) X(t;x_0) X ( t ; x 0 ) で書くLagrange 描像 である。流体力学ではこの2つは同じ流れの2つの書き方で、次の意味で両向きに同値である。
命題 7.4.2(Euler と Lagrange の両向き ★★★)
滑らかな速度場 v \bm{v} v とその流れ X ( t ; x 0 ) X(t;x_0) X ( t ; x 0 ) (X ˙ = v ( X , t ) \dot X=\bm{v}(X,t) X ˙ = v ( X , t ) )について、次の2つは同値である。(i) ρ \rho ρ が連続の式 ∂ t ρ + ∇ ⋅ ( ρ v ) = 0 \partial_t\rho+\nabla\cdot(\rho\bm{v})=0 ∂ t ρ + ∇ ⋅ ( ρ v ) = 0 を満たす。(ii) すべての x 0 x_0 x 0 と t t t で ρ ( X ( t ; x 0 ) , t ) J ( x 0 , t ) = ρ ( x 0 , 0 ) \rho(X(t;x_0),t)\,J(x_0,t)=\rho(x_0,0) ρ ( X ( t ; x 0 ) , t ) J ( x 0 , t ) = ρ ( x 0 , 0 ) ((7.4.3) )。
証明 Jacobi 行列式は Liouville の公式 J ˙ = ( ∇ ⋅ v ) J \dot J=(\nabla\cdot\bm{v})\,J J ˙ = ( ∇ ⋅ v ) J に従う(行列 M = ∂ X / ∂ x 0 M=\partial X/\partial x_0 M = ∂ X / ∂ x 0 が M ˙ = ( ∇ v ) M \dot M=(\nabla\bm{v})M M ˙ = ( ∇ v ) M に従い、d det M / d t = Tr ( M ˙ M − 1 ) det M \mathrm{d}\det M/\mathrm{d} t=\operatorname{Tr}(\dot MM^{-1})\det M d det M / d t = Tr ( M ˙ M − 1 ) det M )。したがって軌道に沿って
d d t [ ρ ( X , t ) J ] = ( ∂ ρ ∂ t + v ⋅ ∇ ρ + ρ ∇ ⋅ v ) J = ( ∂ ρ ∂ t + ∇ ⋅ ( ρ v ) ) J . \frac{\mathrm{d} }{\mathrm{d} t}\bigl[\rho(X,t)J\bigr]=\Bigl(\frac{\partial \rho}{\partial t}+\bm{v}\cdot\nabla\rho+\rho\nabla\cdot\bm{v}\Bigr)J=\Bigl(\frac{\partial \rho}{\partial t}+\nabla\cdot(\rho\bm{v})\Bigr)J . d t d [ ρ ( X , t ) J ] = ( ∂ t ∂ ρ + v ⋅ ∇ ρ + ρ ∇ ⋅ v ) J = ( ∂ t ∂ ρ + ∇ ⋅ ( ρ v ) ) J .
(i) なら右辺は 0 0 0 で、ρ J \rho J ρ J は軌道に沿って一定、J ( x 0 , 0 ) = 1 J(x_0,0)=1 J ( x 0 , 0 ) = 1 より (ii)。逆に (ii) なら左辺が 0 0 0 で、J > 0 J>0 J > 0 なので連続の式が軌道の上の各点で成り立ち、流れは x 0 x_0 x 0 を動かせば全空間を覆うので (i)。
この命題と定理 7.4.1 を合わせると、Bohm の軌道の集団は第7部第1章の流体と数学的に同じもの で、軌道の言葉で導ける予言(ある時刻の位置の分布)は、流体の言葉でも、波動関数の言葉でも同じになる。追加されたのは、集団の中の1本が実際に起きているという主張だけである。
基準の言葉で:速度は運動量の弱値
基準の言葉で速度場を書き直す。位置の固有状態 ∣ x ⟩ | x \rangle ∣ x ⟩ を使うと
p w ( x ) ≔ ⟨ x ∣ p ^ ∣ ψ ⟩ ⟨ x ∣ ψ ⟩ = − i ℏ ψ ′ ( x ) ψ ( x ) = ∂ S ∂ x − i ℏ ∂ x ρ ρ = m v ( x ) − i m u ( x ) , u = ℏ 2 m ∂ ∂ x ln ρ (7.4.16) p_{\mathrm w}(x)\coloneqq\frac{\langle x | \hat p | \psi \rangle }{\langle x | \psi \rangle }=\frac{-\mathrm{i}\hbar\,\psi'(x)}{\psi(x)}=\frac{\partial S}{\partial x}-\mathrm{i}\hbar\frac{\partial_x\sqrt\rho}{\sqrt\rho}=mv(x)-\mathrm{i}\,m\,u(x),\qquad u=\frac{\hbar}{2m}\frac{\partial }{\partial x}\ln\rho\tag{7.4.16} p w ( x ) : = ⟨ x ∣ ψ ⟩ ⟨ x ∣ p ^ ∣ ψ ⟩ = ψ ( x ) − i ℏ ψ ′ ( x ) = ∂ x ∂ S − i ℏ ρ ∂ x ρ = m v ( x ) − i m u ( x ) , u = 2 m ℏ ∂ x ∂ ln ρ ( 7.4.16 )
である。左辺は、運動量を弱く測り、そのあと位置を強く測って x x x を得た場合だけを集めたときの運動量の平均で、弱値 と呼ばれる量である。その実部がちょうど m m m 倍の Bohm の速度で、虚部の u u u は第7部第5章で Nelson の浸透速度 として現れる量である(第7部第5章 )。H. M. Wiseman, New J. Phys. 9 , 165 (2007) は、等変性を満たす多くの流れのうち、弱測定で測れる流れがちょうど Bohm の流れであることを、速度場を1つに選ぶ操作的な理由として挙げた。第3節の光子の平均の軌道の実験は、この弱値の実部をつないだものである。
第5部の言葉で:Wigner 関数の条件付き平均
第7部第1章の第6節で、Wigner 関数の運動量の1次のモーメントが ∫ p W ( x , p ) d p = ρ m v \int pW(x,p)\,\mathrm{d} p=\rho\,m v ∫ p W ( x , p ) d p = ρ m v であることを見た(第7部第1章 )。W ( x , p ) / ρ ( x ) W(x,p)/\rho(x) W ( x , p ) / ρ ( x ) を「位置 x x x を与えたときの運動量の準確率分布」と読めば、
m v ( x ) = ∫ p W ( x , p ) d p ∫ W ( x , p ) d p (7.4.17) mv(x)=\frac{\int pW(x,p)\,\mathrm{d} p}{\int W(x,p)\,\mathrm{d} p}\tag{7.4.17} m v ( x ) = ∫ W ( x , p ) d p ∫ p W ( x , p ) d p ( 7.4.17 )
で、Bohm の速度は位置を固定した運動量の条件付き平均である。W W W は負になりうるので本当の条件付き分布ではないが(第5部第4章 )、その平均だけを取り出すと正値の流れになる。Bohm の力学は、位相空間の分布の運動量の広がりを捨て、各点で平均の速度だけを残した理論とも読める。捨てた広がりは量子ポテンシャルの力として戻ってくる(第7部第1章の量子応力)。
確率過程と、2時刻の相関
Nelson の確率過程量子化(第7部第5章)では、粒子は前向きのドリフト b = v + u b=v+u b = v + u の拡散過程に従う。拡散を止め(ν → 0 \nu\to0 ν → 0 にして)、浸透速度 u u u を落として流れの速度 v v v だけで動かしたものが Bohm の軌道で、どちらの過程も各時刻の位置の分布は ∣ ψ ∣ 2 \lvert \psi\rvert ^2 ∣ ψ ∣ 2 である。ところが2時刻の相関は、2つの過程どうしでも、基準の予言とも一致しない。
例題 7.4.6 2時刻の位置の相関は基準と一致しない ★★★
オリジナル 共通例題③の実のガウス波束(k 0 = 0 k_0=0 k 0 = 0 、幅 σ 0 \sigma_0 σ 0 )で、時刻 0 0 0 と t t t の位置の積の平均を2通りに計算する。
Bohm の軌道 (7.4.7) で ⟨ X ( 0 ) X ( t ) ⟩ \langle X(0)X(t) \rangle ⟨ X ( 0 ) X ( t )⟩ を求めよ。
基準の Heisenberg 描像で、対称化した相関 Re ⟨ ψ ∣ x ^ x ^ H ( t ) ψ ⟩ \operatorname{Re}\langle \psi | \hat x\,\hat x_{\mathrm H}(t)\psi \rangle Re ⟨ ψ ∣ x ^ x ^ H ( t ) ψ ⟩ を求めよ。
2つが違うことは、Bohm の力学が基準と同値であることと矛盾しないか。
解答 (1) X ( 0 ) = x 0 X(0)=x_0 X ( 0 ) = x 0 、X ( t ) = x 0 σ ( t ) / σ 0 X(t)=x_0\sigma(t)/\sigma_0 X ( t ) = x 0 σ ( t ) / σ 0 なので ⟨ X ( 0 ) X ( t ) ⟩ = ⟨ x 0 2 ⟩ σ ( t ) / σ 0 = σ 0 σ ( t ) \langle X(0)X(t) \rangle =\langle x_0^2 \rangle \sigma(t)/\sigma_0=\sigma_0\,\sigma(t) ⟨ X ( 0 ) X ( t )⟩ = ⟨ x 0 2 ⟩ σ ( t ) / σ 0 = σ 0 σ ( t ) 。t t t とともに増える。
(2) 自由粒子では x ^ H ( t ) = x ^ + p ^ t / m \hat x_{\mathrm H}(t)=\hat x+\hat pt/m x ^ H ( t ) = x ^ + p ^ t / m (第2部第3章 )。Re ⟨ ψ ∣ x ^ x ^ H ( t ) ψ ⟩ = ⟨ x ^ 2 ⟩ + ( t / m ) ⟨ ( x ^ p ^ + p ^ x ^ ) / 2 ⟩ \operatorname{Re}\langle \psi | \hat x\hat x_{\mathrm H}(t)\psi \rangle =\langle \hat x^2 \rangle +(t/m)\langle (\hat x\hat p+\hat p\hat x)/2 \rangle Re ⟨ ψ ∣ x ^ x ^ H ( t ) ψ ⟩ = ⟨ x ^ 2 ⟩ + ( t / m ) ⟨( x ^ p ^ + p ^ x ^ ) /2 ⟩ で、実のガウスでは⟨ ( x ^ p ^ + p ^ x ^ ) / 2 ⟩ = Re ∫ ψ ∗ x ( − i ℏ ψ ′ ) d x = 0 \langle (\hat x\hat p+\hat p\hat x)/2 \rangle =\operatorname{Re}\int\psi^*\,x\,(-\mathrm{i}\hbar\psi')\,\mathrm{d} x=0 ⟨( x ^ p ^ + p ^ x ^ ) /2 ⟩ = Re ∫ ψ ∗ x ( − i ℏ ψ ′ ) d x = 0 (ψ ψ ′ \psi\psi' ψ ψ ′ が実なので被積分関数が純虚数)。よって σ 0 2 \sigma_0^2 σ 0 2 で、t t t によらない。
(3) 矛盾しない。基準で2時刻の位置を測ると、時刻 0 0 0 の測定が波動関数を変え(第4節の実質的な収縮)、そのあとの軌道は測らなかったときの軌道と別のものになる。Bohm の力学でも、測定を含めて計算すれば測定の統計は基準と一致する。(1) は「測らなかったときに粒子がたどったはずの軌道」の相関で、それは観測にかからない量である。同値性は、あらゆる測定の結果の統計 についての同値で、測らない軌道の多時刻の統計にまでは及ばない。同じ問題が Nelson の過程の多時刻の相関でも起きることは、第7部第6章で扱う(第7部第6章 )。
ℏ → 0 \hbar\to0 ℏ → 0 で古典の軌道へ
2階の形 (7.4.4) で量子ポテンシャルの力を落とすと、Newton の運動方程式で初めの速度が ∇ S / m \nabla S/m ∇ S / m に揃った古典粒子の集団になる。これは第7部第2章が「単一運動量の流れ」と呼んだもので(第7部第2章 )、Bohm の軌道は焦点より前の時刻で古典の軌道に近づく。焦点を越えると古典の軌道は交わるが、Bohm の軌道は交わらないので、そこで両者は分かれる。
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの ℏ / ( p L ) → 0 \hbar/(pL)\to0 ℏ/ ( p L ) → 0 (量子ポテンシャルの力を落とす。L L L は密度の変わる長さ) | 証明 条件付き(ρ \rho ρ , S S S が ℏ \hbar ℏ によらず滑らかで、古典の軌道が交わる焦点より前の時刻。第7部第2章の誤差評価 O ( ℏ t ) \mathcal{O}(\hbar t) O ( ℏ t ) と同じ前提) | 行き先 近似の数理 第7章
まとめの表と地図
表 7.4.1 Bohm の力学のどの部分が基準と同値か。上の3行が構成として同値な部分、下の3行が解釈として加わった部分である。 項目 基準と同値か 理由 各時刻の位置の分布 同値 等変性(定理 7.4.1 ) すべての測定の結果の統計 同値 測定は指針の位置の分布に帰着((7.4.12) ) 測定のあとの状態(射影の公理) 同値 条件付き波動関数((7.4.13) ) 個々の軌道・測らない多時刻の相関 対応する量が無い 観測で確かめられない追加の構造(例題 7.4.6 ) 混合状態での軌道 対応する量が無い ρ ^ \hat\rho ρ ^ でなくアンサンブルで決まる(第2節の注意)特別な葉層(同時刻の面) 対応する量が無い 多粒子の非局所性の代償(第5節)
図 7.4.3 Bohm の軌道をめぐる橋。両矢印は両向きに証明した同値、片矢印は一方から他方の量が取り出せることを表す。どの橋も「各時刻の分布」の水準でつながっており、個々の軌道の水準でつながる相手は流体(の流線)だけである。
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