量子力学の様々な構成方法 第9部 第4章 §9.4.6 ★★★ Bloch 球の一般確率論が量子ビットの密度行列の理論と同じものであることを両向きに証明し、第4部・第8部・第9部の前の章とこの章の言葉を式で並べ、共通例題②の答えをまとめる
両向きの同値
定理 9.4.8(Bloch 球の一般確率論と量子ビット ★★★)
次の2つの理論は同じものである。
- (a) 状態空間が R3 の単位球で、効果が制限なしの仮定を満たす([0,1] に値をとる affine な関数すべて)一般確率論。
- (b) 状態が 2×2 の密度行列 ρ^(ρ^≥0、Trρ^=1)、効果が 0≤E^≤1^ を満たすエルミート行列 E^、確率が Tr(ρ^E^) の量子ビットの理論。
対応は r↦ρ^(r)=21(1^+r⋅σ)、e(r)=a+b⋅r↦E^=a1^+b⋅σ で与えられ、
Tr(ρ^(r)E^)=a+b⋅r=e(r)(9.4.11)
が成り立つ。
証明
(a) ⇒ (b):写像 r↦ρ^(r) は affine で、Tr(ρ^(r)σ)=r から単射である。固有値 21(1±∣r∣) から、単位球の像はちょうど密度行列の全体である。効果の側は、Trσk=0、Tr(σjσk)=2δjk を使って Tr(21(1^+r⋅σ)(a1^+b⋅σ))=21(2a+2b⋅r) となり、(9.4.11) が出る。E^=a1^+b⋅σ の固有値は a±∣b∣ なので、0≤E^≤1^ は (9.4.3) の ∣b∣≤a≤1−∣b∣ と同じで、効果どうしも1対1に対応する。混合は凸結合で、写像が affine なので保たれる。
(b) ⇒ (a):2×2 のエルミート行列は 1^,σx,σy,σz の実係数の1次結合でただ1通りに書けるので、密度行列は 21(1^+r⋅σ)、効果は a1^+b⋅σ と書け、上と同じ計算で (a) の単位球と効果の集合に戻る。確率 Tr(ρ^E^) は ρ^ について線型なので、密度行列の混合と Bloch ベクトルの凸結合が対応する。
定理 9.4.8 は、量子ビットについては「状態空間が球であること」と「複素ヒルベルト空間 C2 の密度行列であること」が同じ情報を持つことを言う。基準(第1部第2章)の Q1(状態は射線)と Q3(Born の規則)は、一般確率論では「純粋な状態=球面の点」と「確率=affine な関数の値」に置き換わる。(b) の効果 0≤E^≤1^ が効果のすべてであることは、Busch の定理(第9部第2章)が逆向きから保証している。効果の上の確率測度はすべて Tr(ρ^E^) の形なので、状態の側にも密度行列以外のものは入らない。
ほかの部との対応
| この章(一般確率論) | ほかの部の言葉 | 置き場 |
| 状態空間 S(コンパクトな凸集合) | 密度行列の全体 {ρ^≥0,Trρ^=1} | 第4部第1章 |
| 単体(古典) | 可換な C*代数の状態=確率測度 | 第8部第1章 |
| 分解が一意でない | Schrödinger–HJW の定理 | 第4部第3章 |
| 効果 e(affine な関数) | 0≤E^≤1^、Busch の定理 | 第9部第2章 |
| 状態=効果の上の確率の割り当て | 状態=正値で規格化された線形汎関数 ω | 第8部第1章 |
| 可逆な変換=affine な自己同型 | ユニタリ U^ρ^U^† | 第1部第2章 |
| 変換は S を S へ写す | 正値性(量子では完全正値性) | 第4部第5章 |
| 局所的な箱 L | 非文脈的な模型 | 第9部第3章 |
第8部の代数的量子論も、状態を「観測量の上の正値で規格化された線形汎関数」と定めた。一般確率論はそれをさらに削り、観測量どうしの積を使わず、効果の上の確率と凸構造だけを残したものである。代数の積が無いので、交換子も不確定性関係も一般確率論の公理には現れない。可換な代数の状態空間が単体になることは第8部第1章で示した。一般確率論の言葉では、古典=単体であり、可換な代数から来る理論は定理 9.4.3 の (b) の一意性を持つ。
第9部第3章の模型を状態空間の側から見る
第9部第3章 の量子ビットの隠れた変数の模型は、純粋な状態 m に球面上の分布 qm(λ)=max(λ⋅m,0)/π を割り当て、測定の値を sgn(λ⋅n) で決めた。この模型は測定の側では非文脈的だが、状態の側には別の問題がある。混合状態の分布を「分解の重みで分布を混ぜたもの」と定めると、同じ ρ^ の2つの分解が異なる分布を与えうる。準備の手順が違っても状態が同じなら隠れた変数の分布も同じであるべきだという要請を準備の非文脈性と呼ぶ(R. W. Spekkens (2005), Physical Review A 71, 052108)。状態空間の言葉では、準備の非文脈性は「状態空間から隠れた変数の分布の単体への affine な写像」を要求する。定理 9.4.3 のとおり単体の中では分解が一意なので、球の2本の弦の交点を、それぞれの弦の両端の像の混合と矛盾なく写すことが必要になる。
例題 9.4.7 模型の分布は分解に依存する ★★
オリジナル
- (1) ρ^=1^/2 の2つの分解 21(∣↑⟩⟨↑∣+∣↓⟩⟨↓∣) と 21(∣+x⟩⟨+x∣+∣−x⟩⟨−x∣) に対応する分布 21(qez+q−ez) と 21(qex+q−ex) を、λ=ez で比べよ。
- (2) どちらの分布でも、任意の向き n の測定で +1 が出る確率は 21 であることを示せ。
- (3) 効果 e(r)=0.3+0.2rx+0.1rz が許されることを (9.4.3) で確かめ、対応する E^ の固有値を求めよ。
解答
(1) qm+q−m=∣λ⋅m∣/π なので、2つの分布は ∣λz∣/(2π) と ∣λx∣/(2π) である。λ=ez では 2π1≈0.159 と 0 で異なる。同じ状態に異なる隠れた変数の分布が対応するので、この模型は準備について文脈的である。
(2) 第9部第3章の結果から、qm の下で +1 が出る確率は 21(1+m⋅n) である。m と −m を半分ずつ混ぜると 21[21(1+m⋅n)+21(1−m⋅n)]=21 で、m によらない。測定の統計は分布の違いを見分けられない(検算では球面の数値積分で確かめた)。
(3) a=0.3、∣b∣=0.22+0.12=0.05≈0.224 で、0.224≤0.3≤0.776 なので許される。E^=0.31^+0.2σx+0.1σz の固有値は 0.3±0.05、すなわち 0.076 と 0.524 で、[0,1] に入る。
授業で習った形との対応
学部の授業では、2準位系の状態は「Bloch 球の点」として図で説明され、磁場中のスピンの歳差運動は dtd⟨σ⟩=h×⟨σ⟩、緩和は現象論的な Bloch 方程式
dtdMx,y=⋯−T2Mx,y,dtdMz=⋯−T1Mz−M0
で導入される。そこでは T2≤2T1 は「経験的に成り立つ関係」として付け加えられることが多い。この章の言葉では、Bloch 球は量子ビットの状態空間そのもの(定理 9.4.8)、歳差運動は可逆な変換の1径数群 (9.4.4)、緩和は状態空間の affine な縮小 (9.4.8) で、T2≤2T1 は変換が状態空間を状態空間へ写すという要請(命題 9.4.5)から出る。M0=−1(低温で ∣g⟩ へ緩和する)とした場合が (9.4.7) である。
限界
一般確率論の枠は、状態空間の形を決めれば確率の理論が1つ決まるが、どの形が自然界で実現しているかについては何も言わない。古典の単体、量子の球、gbit の正方形はどれも内部で矛盾しない。量子ビットの状態空間がなぜ3次元の球なのか(円板でも4次元の球でもなく)、2つの系を合わせた状態空間がなぜテンソル積の密度行列になるのかは、この章の範囲では答えられない。それに答えるには、操作的な公理(連続な可逆変換・局所的なトモグラフィー・純化など)を追加する必要があり、それが 第9部第5章 の主題である。また、無限次元の系(調和振動子・場)では、(G1) の有限次元の仮定を外し、ノルムや位相の扱いを決める必要がある。その方向は第8部の代数的量子論が受け持つ。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com