ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第5部 第6章 §5.6.1 ★★★ 1つのサイトに2つの軌道を置き、軌道を入れ替えるホッピングを足すと、Bloch 行列が g(k)⋅σ の形になる
この巻では、固体の全体のハミルトニアンから見たい現象に要る自由度だけを残し、残した H^ に対角化・平均場・統計力学を当ててきた(第1部第1章)。終章では2つのことをする。1つ目は、第5部で Berry 曲率まで来た話の行き先として、トポロジカル物質の基本の考え方を導入することである。選ぶ H^ は、正方格子の上の2バンドの tight-binding 模型(Qi–Wu–Zhang 模型)を、y の向きに端のある板に置いたものである。バンドの埋まり方で見ればこの模型はいつも絶縁体だが(第2部第7章)、パラメータによって、内部(バルク)のバンドが持つ整数(Chern 数)が違い、整数が 0 でない側の板の端にだけ、ギャップを横切る準位が現れる。2つ目は、巻の各章の「何を削ったか」の節に置いた近似の裏付けの札を1枚の表に集め、第V巻(近似の数理)の終章の表と並べることである。並べると、固体の近似は原子・分子の近似より B 型(極限)が多く、その多くが「エネルギーのギャップがあること」を前提にしていることが分かる。この前提は、1つ目の話でトポロジーを支える前提と同じものである。
5.6.1節で選ぶ H^ を実空間で書き、5.6.2節で Chern 数を「写像の度数」として数える道具を作る。5.6.3節で板の端の状態を解いて、バルクの整数と端の準位の数の対応を確かめる。5.6.4節がこの章の削ったものと、巻全体の札の表である。5.6.5節で量子 Hall 効果と量子スピン Hall 効果の実験の量を、5.6.6節で授業で習った Hall 効果と Landau 準位の形との対応を述べ、5.6.7節でまとめる。この章では時間 t とホッピングが同じ節に出るので、ホッピングを章を通して th と書く。Bloch 波数 k ごとの 2×2 の行列には帽子を付けず h(k) と書き、実空間の演算子 H^ と書き分ける。
実空間の H^
格子定数 a の正方格子の各サイト j に、軌道を2つ置く。2つの軌道の消滅演算子をまとめて2成分の列 c^j=(c^j1,c^j2)T と書き、軌道の2成分に作用する Pauli 行列を σx,σy,σz とする。この σ は電子のスピンでなく、グラフェンの副格子(第2部第9章)と同じく軌道の擬スピンである。この節から 5.6.3節の途中までは、電子のスピンを1つの向きに固定する(スピンの2つの向きは 5.6.3節の最後で戻す)。選ぶ H^ は
H^=j∑[λthc^j†σzc^j+(c^j+x†Txc^j+c^j+y†Tyc^j+h.c.)],Tx=2th(σz+iσx),Ty=2th(σz+iσy)(5.6.1)
である。j+x は j の右隣(位置 Rj+aex)、j+y は上隣を表す。λ は無次元のパラメータで、2つの軌道のサイトのエネルギーの差 2λth を決める。ホッピングの行列 Tx の σz の部分は「軌道1は軌道1へ、軌道2は軌道2へ、符号を逆にして飛び移る」ことを、iσx の部分は「飛び移るときに軌道が入れ替わる」ことを表す。軌道1を s 的、軌道2を p 的な軌道と思うと、入れ替わる飛び移りの振幅が向きによって符号を変えるのは、p 軌道が奇関数であることに対応する。この模型は X.-L. Qi, Y.-S. Wu and S.-C. Zhang (2006), Phys. Rev. B 74, 085308 が Chern 数の最も簡単な例として書いたもので、Qi–Wu–Zhang 模型(QWZ 模型)と呼ばれる。同じ Bloch 行列は「解析力学から様々な理論分野を組み立てる」でも Berry 曲率の例として使った(解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部第11章)。
Bloch 行列
x と y の両方に周期境界を課し、c^j=N−1/2∑keik⋅Rjc^k と Fourier 変換する(第2部第4章)。右へのホッピングの項は ∑jc^j+x†Txc^j=∑kc^k†Txc^ke−ikxa となり、そのエルミート共役は Tx†eikxa になる。Txe−ikxa+Tx†eikxa=th[cos(kxa)σz+sin(kxa)σx] なので、H^=∑kc^k†h(k)c^k の Bloch 行列は
h(k)=g(k)⋅σ,g(k)=th(sinkxa, sinkya, λ+coskxa+coskya)(5.6.2)
になる。固有値は ±∣g(k)∣ で、2つのバンドは ∣g∣=0 の点でだけ接する。sinkxa=sinkya=0 となるのは (kxa,kya) が (0,0), (π,0), (0,π), (π,π) の4点で、そこで gz/th は λ+2, λ, λ, λ−2 になる。したがってバンドの間のギャップは
εg(λ)=2thmin(∣λ+2∣,∣λ∣,∣λ−2∣)(5.6.3)
で、λ=−2,0,2 でだけ閉じる(式 (5.6.3) が Brillouin 域全体の最小であることは検算で確かめた)。電子を1サイトあたり1個入れると下のバンドがちょうど満ち、λ=−2,0,2 ならどの λ でも絶縁体である。第2部第7章の分類では、これらの絶縁体はすべて同じ「満ちたバンドの上にギャップがある」ものに入る。
端のある板
この章で主に扱うのは、x の向きには周期境界を残し、y の向きには y=0,1,…,Ny−1 の Ny 行で切った板である。kx はよい量子数のまま残り、各 kx で 2Ny 次元の行列
(H(kx)ψ)y=h0(kx)ψy+Tyψy−1+Ty†ψy+1,h0(kx)=th[(λ+coskxa)σz+sinkxaσx](5.6.4)
を対角化することになる。ψy は行 y の2成分の振幅で、板の外の ψ−1 と ψNy は 0 とおく。板の内部では式 (5.6.2) と同じ行列だが、端の行では片側の隣が無い。この違いだけで、ギャップの中に新しい準位が現れるかどうかが λ によって分かれる。
例題 5.6.1 実空間のホッピングから Bloch 行列とギャップを出す ★★
オリジナル式 (5.6.1) について次を確かめよ。
- (1) Tye−ikya+Ty†eikya=th[cos(kya)σz+sin(kya)σy] を示せ。
- (2) λ=1 のギャップ εg と、それが開く k を求めよ。
- (3) λ=1 と λ=3 はどちらも絶縁体である。λ を 1 から 3 まで連続に変えるとき、途中でギャップが閉じる λ を求めよ。
解答
(1) Ty†=2th(σz−iσy) なので、Tye−ikya+Ty†eikya=2thσz(e−ikya+eikya)+2ithσy(e−ikya−eikya)=thcos(kya)σz+thsin(kya)σy。e−iθ−eiθ=−2isinθ に i を掛けて 2sinθ になる所で、iσy の i が必要になる。
(2) 式 (5.6.3) で min(3,1,1)=1 なので εg=2th。最小は ∣λ∣ と ∣λ−2∣ の両方で実現し、(π,0)・(0,π) と (π,π) の3点で ∣g∣=th になる。
(3) ギャップが閉じるのは λ=−2,0,2 だけなので、1 と 3 の間では λ=2 で1回閉じる。そこでは (π,π) で gz=0 になり、g=0 である。λ=1 と λ=3 はバンドの埋まり方では区別できないが、ギャップを閉じずに一方から他方へ λ を変える道は無い。この「閉じずには移れない」ことが次の節で整数として数えられる。
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