光学と量子エレクトロニクス 第35章 §35.2 ★★★ 分極率 α(ω) は屈折率と光の力を、縦モードの櫛は光の周波数の数え方を、Pauli 行列は偏光と2準位原子を、それぞれ1つの式で結んだ
分極率:屈折率と光の力は同じ量の2つの顔
序章で予告した1つ目の筋は分極率 α(ω) だった。第3部では、希薄な気体の屈折率が n−1≈NReα/(2ε0)(N は原子の数密度)で決まり(第11章)、吸収係数が αabs=Nσabs、断面積が σabs=ωImα/(ε0c) で決まった(第10章)。第5部では、同じ α の実部が双極子力のポテンシャル U=−41Reα∣E0∣2 を、虚部が散乱力 σabsI/c を決めた(第25章)。
2つの式から Reα を消すと、強度 I=21cε0∣E0∣2 を使って
U=−Nc(n−1)I(35.1)
を得る。気体の屈折率を測れば、同じ光で原子1個が感じるポテンシャルの深さが、物質のモデルを決めずに分かる。n>1 の気体の原子は光の強い所へ引き寄せられ、n<1 の気体の原子は押し出される。虚部の側も同じ形で、吸収係数を原子の数密度で割ったもの σabs=αabs/N に I/c を掛けると散乱力になる。屈折と光の力、吸収と光の圧力は、同じ複素数 α(ω) の実部と虚部を、光の側から見るか原子の側から見るかの違いである。図 35.1 は Lorentz 振動子の Reα で、共鳴より低い周波数(赤い離調)では正、高い周波数(青い離調)では負になる。屈折率が 1 より大きいか小さいかと、原子が引き寄せられるか押し出されるかは、この曲線の符号1つで同時に決まる。

図 35.1 Lorentz 振動子の分極率の実部(減衰 γ=0.06ω0)。縦軸の量は希薄な気体の n−1 に比例し、双極子力のポテンシャル U には負の比例係数で比例する(式 (35.1))。
例題 35.2 屈折率の測定から光の罠の深さを出す ★★★
オリジナル遷移の双極子の行列要素 d=3.58×10−29Cm の2準位原子の気体(数密度 N=1017m−3)に、離調 Δ/2π=−10GHz の光を当てる。離調は自然幅よりずっと大きく、回転波近似の分極率 α≈−d2/(ℏΔ)(第1章)が使えるとする。
- (1) α と n−1 を求めよ。
- (2) 同じ光を強度 I=107Wm−2 に集光したとき、原子1個が感じるポテンシャル U を、式 (35.1) から求め、U/kB を mK で答えよ。
- (3) (2) の値が U=ℏΩ2/(4Δ) と一致することを確かめよ。
解答
(1) ∣Δ∣=2π×1010s−1 なので α=d2/(ℏ∣Δ∣)=(3.58×10−29)2/(1.0546×10−34×6.283×1010)≈1.93×10−34Cm2V−1(赤い離調で正)。n−1=Nα/(2ε0)=1017×1.93×10−34/(2×8.854×10−12)≈1.09×10−6 である。
(2) U=−(n−1)I/(Nc)=−1.09×10−6×107/(1017×2.998×108)≈−3.64×10−25J、U/kB≈−26.4mK。原子は光の強い所へ引き寄せられる。気体の屈折率がわずか 10−6 だけ 1 からずれていても、原子1個あたりに直すと 26mK の深さになる。式 (35.1) の分母の N が小さいからである。
(3) E02=2I/(cε0)≈7.53×109V2m−2、Ω2=d2E02/ℏ2 からℏΩ2/(4Δ)=d2E02/(4ℏΔ)=−αE02/4 で、これは U=−41α∣E0∣2 そのものである。数値も −3.64×10−25J で一致する。
縦モードの櫛:光の周波数を数える
2つ目の筋は縦モードの櫛だった。第5章の共振器の縦モードは間隔 νFSR で並ぶ(第5章)。第23章で、その位相をそろえるとパルス列になり、1周ごとに搬送波と包絡線の位相が Δϕce ずつずれるパルス列のスペクトルが、厳密に
νn=nνrep+νceo,νceo=2πΔϕceνrep(35.2)
の櫛になることを示した(第23章)。νrep と νceo はどちらもマイクロ波の周波数で、電子回路で数えることができる。未知の光の周波数は、櫛の歯とのうなりの周波数 fb を測れば、ν=nνrep+νceo±fb で決まる。光の周波数(1014Hz の桁)を、マイクロ波の周波数(108Hz の桁)の整数倍と端数に分けて数えるのが光周波数コムで、第28章の原子時計で時計の光の周波数を秒の定義につなぐ道具になる(第28章)。式 (35.2) は周期的なパルス列についての恒等式なので、近似の札は付かない。この巻で札の無い結果の数少ない例である。
Poincaré 球と Bloch 球:Pauli 行列が1組だけ
3つ目の筋は2つの球だった。偏光の Jones ベクトル ψ=(Ex,Ey)T から Stokes パラメータを (S1,S2,S3)=ψ†(σz,σx,σy)ψ で作ると Poincaré 球になり(第15章)、2準位原子の状態 (ce,cg)T から Bloch ベクトルを (u,v,w)=⟨(σx,σy,σz)⟩ で作ると Bloch 球になる(第19章)。同じ Pauli 行列を使うので、Ex↔ce、Ey↔cg と読み替えると、2つの球は軸の名前を
S1↔w,S2↔u,S3↔v(35.3)
と付け替えただけの同じ球になる。水平偏光 ∣H⟩ が励起状態 ∣e⟩(北極)に、垂直偏光 ∣V⟩ が基底状態 ∣g⟩(南極)に当たる。
球の上の点を動かす操作も対応する。進相軸の角 θ、位相差 Γ の波長板 W(θ,Γ)=R(θ)diag(1,eiΓ)R(−θ) は、全体の位相を除いて Poincaré 球の経度 2θ の軸のまわりの角 Γ の回転である(第15章)。とくに θ=−45∘ では
W(−45∘,Γ)=eiΓ/2exp(2iΓσx)(35.4)
になる。一方、共鳴(Δ=0)の光を時間 t だけ当てた2準位原子の時間発展は、回転座標の Hamiltonian H^=−2ℏΩσx から exp(iΩtσx/2) である(第18章)。2つは Γ=Ωt で同じ行列になる。λ/4 板は π/2 パルス、λ/2 板は π パルスに当たり、進相軸の向きは Rabi 周波数の位相(回転軸の経度)に当たる。閉じた道を回ったときの Pancharatnam 位相が Berry 位相と同じ式になるのも、この対応による(第15章・解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部第9章)。
例題 35.3 λ/4 板と π/2 パルスを同じ回転として計算する ★★
オリジナル
- (1) R(θ)=exp(−iθσy) を使って、式 (35.4) を示せ。
- (2) 垂直偏光 ∣V⟩=(0,1)T に W(−45∘,π/2) を当てたあとの Stokes パラメータを求めよ。
- (3) 基底状態の2準位原子に共鳴の π/2 パルス(Ωt=π/2)を当てたあとの Bloch ベクトルを求め、(2) と式 (35.3) で対応することを確かめよ。
解答
(1) diag(1,eiΓ)=eiΓ/2exp(−iΓσz/2) と書くことができる。R(θ)σzR(−θ)=e−iθσyσzeiθσy=σzcos2θ+σxsin2θ なので、θ=−45∘ では σz→−σx になり、W(−45∘,Γ)=eiΓ/2exp(+iΓσx/2) を得る。
(2) exp(iπσx/4)=(1+iσx)/2 を (0,1)T に当てると (i,1)T/2(全体の位相は除く)。S1=∣Ex∣2−∣Ey∣2=0、S2=2Re(Ex∗Ey)=2Re(−i/2)=0、S3=2Im(Ex∗Ey)=2Im(−i/2)=−1。南極から −S3 の極(螺旋度 − の円偏光)へ 90∘ 回った。
(3) 同じ行列を (ce,cg)=(0,1) に当てて (ce,cg)=(i,1)/2。ρeg=cecg∗=i/2 なので u=2Reρeg=0、v=−2Imρeg=−1、w=∣ce∣2−∣cg∣2=0。Bloch ベクトルは (0,−1,0) で、式 (35.3) の S3↔v により (2) の (S1,S2,S3)=(0,0,−1) と同じ点である。偏光計で円偏光を作る操作と、原子に π/2 パルスを当てて重ね合わせを作る操作は、同じ球の同じ回転である。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com