解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第5部 第1章 §5.1.2 ★★★ e−βH^ は時刻 t=−iβℏ の時間発展の演算子。トレースを取ると、Z は周期 βℏ の閉じた経路の経路積分になる
時刻を虚数にする
第4部第2章で、時間発展の演算子を U^(t)=e−iH^t/ℏ と書いた(第4部第2章)。ここに t=−iτ(τ は実数)を入れると
U^(−iτ)=e−τH^/ℏ,e−βH^=U^(−iβℏ)(5.1.8)
になる。カノニカル分布の重みは、虚数の時刻 −iβℏ まで進めた時間発展そのものである。τ を虚時間と呼ぶ。規格化しない密度行列 ϱ^(τ)=e−τH^/ℏ は、Schrödinger 方程式 iℏ∂tU^=H^U^ で t=−iτ とおいた
ℏ∂τ∂ϱ^=−H^ϱ^,ϱ^(0)=1(5.1.9)
に従う(Bloch 方程式)。自由粒子 H^=p^2/2m の位置表示では ℏ∂τϱ=(ℏ2/2m)∂q2ϱ で、これは拡散係数 ℏ/(2m) の拡散方程式である。初期値 ϱ(q′,q;0)=δ(q′−q) の解は Gauss 関数
⟨q′∣e−τH^/ℏ∣q⟩=2πℏτmexp[−2ℏτm(q′−q)2](5.1.10)
で、虚時間 τ の間に幅 ℏτ/m だけ広がる。τ=βℏ とおいて対角成分を取ると
⟨q∣e−βH^∣q⟩=λT1,λT=m2πℏ2β=2πmkBTh(5.1.11)
となる。第3部第3章で定義した熱的波長 λT(古典の運動量の積分から出した。第3部第2章も同じ)が、ここでは虚時間 βℏ の拡散の幅として出る。長さ L の箱で Z1=∫dq⟨q∣e−βH^∣q⟩=L/λT で、古典の h1∫dqdpe−βp2/2m と一致する。
分配関数の経路積分
ポテンシャルがあるときの Z の経路積分表示は、第4部第8章の式 (4.8.29) で既に出ている(第4部第8章)。βℏ を N 等分して位置の完全系を挟み、短い虚時間の核に式 (5.1.10) を使い、トレースとして qN=q0 とおいて q0 についても積分する、という作り方はその章と同じなので繰り返さない。結果は
Z=∮q(βℏ)=q(0)Dqe−IE[q]/ℏ,IE[q]=∫0βℏ[2m(dτdq)2+V(q)]dτ(5.1.12)
である。第4部第8章では Euclid 作用を SE と書いた。この章は作用とエントロピーが同居するので、Euclid 作用を IE と書く。測度 Dq は、刻み幅を ϵ=βℏ/N として limN→∞(m/2πℏϵ)N/2∫∏k=0N−1dqk の意味である。
IE をEuclid 作用と呼ぶ。実時間の作用 S[q]=∫[2m(dq/dt)2−V]dt に t=−iτ を入れると、dt=−idτ、(dq/dt)2=−(dq/dτ)2 なので
iS[q]=i∫[−2m(dτdq)2−V](−idτ)=−IE[q](5.1.13)
で、実時間の重み eiS/ℏ が虚時間の重み e−IE/ℏ に替わる。運動エネルギーとポテンシャルの相対的な符号が反転し、IE は下に有界な正の量になる。停留条件 δIE=0 の Euler–Lagrange 方程式は md2q/dτ2=+V′(q) で、ポテンシャルを上下に裏返した中の運動になる。
経路積分 (5.1.12) で数えているのは、虚時間 0 から βℏ までに出発点へ戻る経路だけである(図 5.1.1 の左)。周期 βℏ の関数なので、Fourier 級数
q(τ)=n=−∞∑∞qneiωnτ,ωn=βℏ2πn,q−n=qn∗(5.1.14)
に展開できる。ωn を Matsubara 角振動数と呼ぶ。n=0 の成分 q0=βℏ1∫0βℏqdτ は経路の重心で、n=0 の成分は重心のまわりの揺らぎである。高温では ω1=2πkBT/ℏ が大きくなり、揺らぎの成分が抑えられて重心だけが残る。これを次の節で使う。

図 5.1.1 分配関数の経路積分で数える経路。左は1粒子で、虚時間 βℏ の後に出発点に戻る経路。右は同種の2粒子で、q1 から出た経路が q2 に、q2 から出た経路が q1 に着く入れ替えの項。2本をつなぐと虚時間 2βℏ の閉じた1本の経路になる(5.1.4節)。
虚時間の Heisenberg 描像と、古典の場との対応
第4部第3章の Heisenberg 描像 A^H(t)=eiH^t/ℏA^e−iH^t/ℏ(第4部第3章)でも t=−iτ とおき、
A^(τ):=eτH^/ℏA^e−τH^/ℏ(5.1.15)
を虚時間の Heisenberg 演算子と呼ぶ。これを使うと、カノニカル分布での平均とトレースの巡回性を一度に扱える。e−βH^A^=A^(−βℏ)e−βH^ という並べ替えの規則が、5.1.5節の詳細つり合いの元になる。
第3部第10章では、古典の場 m(r) の Ginzburg–Landau 汎関数 FL[m] が e−βFL の重みで現れ、それが Euclid 作用の重みと同じ形であることに触れた(第3部第10章。その章では Euclid 作用を SE と書いた)。式 (5.1.12) はこの対応を量子力学の側から書いたもので、次の読み替えになる。
| 古典の統計力学(d 次元の場) | 量子力学(d−1 次元の空間+虚時間) |
| e−βFL[m] | e−IE[q]/ℏ |
| kBT | ℏ |
| 空間の1方向 | 虚時間 τ(長さ βℏ の周期) |
量子の系の温度は、この対応では虚時間の方向の箱の長さ βℏ に当たる。絶対零度は長さ無限大の箱である。第5部第11章のくりこみ群では、この読み替えで統計力学の臨界現象と場の量子論を同じ計算で扱う(第5部第11章)。第5部第12章では、ブラックホールの外側の時空を虚時間にしたとき、虚時間の周期が温度の逆数に決まることを使う(第5部第12章)。
例題 5.1.2 調和振動子の Z を Matsubara 成分で計算する ★★
オリジナルV(q)=21mω2q2 の振動子の分配関数を、経路積分 (5.1.12) と Matsubara 展開 (5.1.14) で計算せよ。規格化は、ωn(n=0)の成分の積分が自由粒子のときに 1 を与え、重心 q0 の積分が古典の Z を与えるように選べ。得た無限積を sinhx=x∏n≥1(1+x2/π2n2) で計算し、βℏω=1 で n≤10, 100, 1000 まで掛けた値と比べよ。
解答
展開 (5.1.14) を入れると、∫0βℏei(ωn+ωn′)τdτ=βℏδn,−n′ から
IE=2mβℏn=−∞∑∞(ωn2+ω2)∣qn∣2=2mβℏω2q02+mβℏn≥1∑(ωn2+ω2)∣qn∣2
である。各モードは独立な Gauss 積分になる。重心の積分は λT1∫dq0e−βmω2q02/2=λT1βmω22π=βℏω1 で、これは古典の振動子の Z=kBT/(ℏω)(第3部第6章)である。n≥1 の成分は、複素数 qn の実部と虚部の Gauss 積分が π/(mβ(ωn2+ω2)) を与え、自由粒子の値 π/(mβωn2) で割ったものを掛ける。したがって
Z=βℏω1n≥1∏ωn2+ω2ωn2=βℏω1n≥1∏(1+4π2n2(βℏω)2)−1=2sinh(βℏω/2)1
となる(x=βℏω/2 とした)。準位を足した ∑ne−βℏω(n+1/2) と同じ値である。βℏω=1 では厳密値 0.95952 に対し、n≤10 で 0.96183、n≤100 で 0.95976、n≤1000 で 0.95954 で、打ち切りの誤差はおよそ 1/nmax で減る。重心だけ(古典)なら 1 で、n≥1 の量子の揺らぎの成分が Z を 4% 下げている。同じ値を、第4部第8章の例題 4.8.5 は閉じた経路の Gauss 積分で、第3部第3章の式 (3.3.23) は準位の和で出した。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com