量子力学の様々な構成方法 第11部 第1章 §11.1.6 ★★★ 熱平衡の調和振動子の ⟨x2⟩ を密度行列・位相空間・虚時間の経路積分・KMS 状態の4つの言葉で書いた式が等しいことを示し、どの書き方が計算に向くかを比べる
4つの書き方
この巻の構成の多くは、熱平衡の状態を自分の言葉で書き直した。調和振動子の位置の分散 ⟨x2⟩β を例にとると、次の4つの式が並ぶ。基準・密度行列(第4部)では Tr(ρ^βx^2)、位相空間(第5部)では ∫x2Wβdxdp、虚時間の経路積分(第3部)では虚時間の相関 G(0) を Matsubara 成分で足したもの、代数(第8部)では KMS 条件で決まる Gauss 状態の特性関数を2回微分したもの、である。どれも第1部第1章で期待値の書き方として並べた形の、熱平衡の場合である。第3部第6章と第8部第4章の図 8.4.4 は熱平衡の書き方を並べたが、4つの式が等しいことを1か所で示してはいない。この節で示す。
命題 11.1.1(熱平衡の ⟨x2⟩ の4つの書き方 ★★★)
質量 m、角振動数 ω の調和振動子の、逆温度 β の熱平衡で、次の4つの量は等しく、どれも 2mωℏcoth2βℏω である。
- (a) 密度行列:Tr(ρ^βx^2)=∑npn⟨n∣x^2∣n⟩(pn=(1−e−βℏω)e−nβℏω)。
- (b) 位相空間:∫x2Wβ(x,p)dxdp(Wβ=πℏtβexp(−2tβH/(ℏω))、tβ=tanh(βℏω/2))。
- (c) 虚時間の経路積分:G(0)=βm1n∈Z∑ω2+ωn21(ωn=2πn/(βℏ))。
- (d) 代数:Weyl 演算子 W(a,b)=ei(ap^+bx^)/ℏ の期待値が φc(W(a,b))=exp(−4c(ℏmωa2+mωℏb2)) の Gauss 状態 φc で、KMS 条件が選ぶ c=coth(βℏω/2) のときの −ℏ2∂b2φc(W(0,b))∣b=0。
ここで (d) では、角振動数 ω と同じ式に出るので、状態を φ と書く(第8部第2章の断りと同じ)。
証明
(a) x^=ℏ/(2mω)(a^+a^†) から ⟨n∣x^2∣n⟩=2mωℏ⟨n∣a^a^†+a^†a^∣n⟩=2mωℏ(2n+1)。pn で平均すると 2mωℏ(2⟨n⟩+1) で、⟨n⟩=1/(eβℏω−1) から 2⟨n⟩+1=(eβℏω+1)/(eβℏω−1)=coth(βℏω/2)。
(b) Wβ の指数は −ℏω2tβ(2mp2+2mω2x2) で、x について分散 2tβmω2ℏω=2mωtβℏ の Gauss 分布である。Wβ は規格化されているので、∫x2Wβ=2mωℏcoth(βℏω/2)。
(c) z=βℏω/2 とおくと ω2+ωn2=(2/(βℏ))2(z2+n2π2) なので
n∈Z∑ω2+ωn21=(2βℏ)2[z21+n≥1∑z2+n2π22]=(2βℏ)2z1[z1+n≥1∑z2+n2π22z].
最後の括弧は cothz の部分分数展開(Mittag-Leffler の展開。cothz の極は z=inπ にあり、留数はどれも 1)そのものなので、和は (βℏ/2)2cothz/z=2ωβℏcothz となる。1/(βm) を掛けると 2mωℏcoth(βℏω/2)。
(d) φc(W(0,b))=exp(−cb2/(4mωℏ)) である。W(0,b)=eibx^/ℏ を b で2回微分して b=0 とおくと −x^2/ℏ2 になるので、−ℏ2∂b2φc∣b=0=⟨x^2⟩ である。左辺は ℏ2⋅4mωℏ2c=2mωcℏ で、c=coth(βℏω/2) を代入すると同じ値になる。
4つの式の等しさの中身は、それぞれ別の橋である。(a) と (b) の等しさはトレースの公式 Tr(ρ^A^)=∫WAW に A^=x^2(Weyl 記号 x2)を当てたもので、密度行列 ↔ 位相空間の橋(第5部第2章の定理 5.2.5)に当たる。(a) と (c) の等しさは、虚時間の経路積分の相関が熱平衡の密度行列の期待値であること(第3部第6章の命題 3.6.3)の、時刻 τ=0 の場合である。(a) と (d) の等しさは、有限次元での KMS 状態と Gibbs 状態の同値(第8部第4章の定理 8.4.1)を、振動子という無限次元の場合に Gauss 状態の族の中で確かめたことに当たる。証明の (c) で使った部分分数展開は、第3部第6章で高温展開の収束半径が 2π になる理由として述べたことと同じ事実で、cothz の極が z=±iπ にあることによる。
学部の授業での書き方と、流体・確率過程での扱い
学部の統計力学の授業では、(a) の形 ⟨x2⟩=∑npn⟨n∣x^2∣n⟩ を固有状態の Boltzmann 重みの平均として書くのが普通である。これは第4部第3章で見た「同じ ρ^ を作るアンサンブル」のうち、エネルギー固有状態の混合という1つの選び方に当たる。コヒーレント状態の混合(P 表示 e−∣α∣2/nˉ/(πnˉ))で書いても、同じ ρ^ なので同じ ⟨x2⟩ になる。
第7部の流体と Nelson の過程では、熱平衡は1つの流体や1つの定常な過程として書けない(第7部第5章の命題 7.5.4)。位置の分布を ⟨x2⟩β に合わせた Ornstein–Uhlenbeck 過程は作れるが、それは角振動数 γ=ωtanh(βℏω/2) の別の振動子の基底状態で、エネルギーが熱平衡と合わない(総合問題の (5))。第7部の構成で熱平衡を扱うには、エネルギー固有状態ごとの過程か、コヒーレント状態ごとの過程を混ぜる必要がある(第7部第4章の総合問題)。この点は、表 11.1.3 の「状態が純粋」の行に当たる。
どの書き方が計算に向くか
4つの式は等しいが、和の収束の速さが違う。(a) は n についての等比級数で、高い準位の寄与が e−nβℏω で減るので、低温ほど少ない項で足りる。(c) は ωn についての和で、項が 1/n2 でしか減らないので、打ち切りの誤差は 1/N でしか減らない。そのかわり (c) は高温ほど少ない項で足り、n=0 の項だけで古典の等分配 kBT/(mω2) になる。(b) と (d) は閉じた形の Gauss 関数で、和を含まない。どの構成で計算するかの使い分けは第11部第2章の早見表で扱う。
例題 11.1.7 和を打ち切ったときの誤差を比べる ★★
オリジナルβℏω=1 の調和振動子で、⟨x2⟩β を ℏ/(2mω) の単位で求める。正確な値は coth21=2.1640 である。
- (1) 命題 11.1.1 の (a) の和を n≤3、n≤10、n≤20 で打ち切ったときの誤差を求めよ。
- (2) (c) の和を ∣n∣≤N で打ち切ったとき、N が大きい所での誤差を N で表し、N=10 と N=100 の誤差を求めよ。
解答
(1) 単位を ℏ/(2mω) にとると、(a) は ∑n(1−q)qn(2n+1)(q=e−1)で、n≤nmax で打ち切った誤差は残りの和 ∑n>nmax(1−q)qn(2n+1) である。数値で n≤3 が 0.186、n≤10 が 4.0×10−4、n≤20 が 3.3×10−8 となり、およそ qnmax の速さで減る。
(2) 同じ単位で (c) は βℏω2∑n1+(2πn/(βℏω))21 で、βℏω=1 では 2∑n1/(1+4π2n2) である。∣n∣>N の項は 1/(4π2n2) で近似でき、∑n>N1/n2≈1/N なので、打ち切りの誤差は 2×2×4π2N1=1/(π2N) である。N=10 で 0.0101(数値は 0.0096)、N=100 で 1.01×10−3(数値は 1.01×10−3)となる。βℏω=1 では (a) のほうが速く収束する。βℏω が小さい高温では q が 1 に近づいて (a) の収束が遅くなり、(c) は n=0 の項が支配的になる。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com